中人(ちゅうじん)は、その名の通り両班と常民の「中(なか)」に位置する身分層です。法的に明確に規定された身分というより、朝鮮社会が回っていく中で固まった現実の階層で、広くは支配層と一般の民の間のさまざまな専門職域を包みます。彼らは実務能力を世襲しながら社会の歯車の役割を果たしましたが、どれほど才能が優れていても、両班が独占した高位の官職には就きにくかったのです。

技術官 — 国の専門家たち

狭い意味の中人は、雑科を通じて進出した技術官僚を指します。外国の使臣を相手に通訳した訳官、医術を担当した医官、天文と暦法を扱った観象監の官員、法律実務の律官、絵を描いた画員などがここに属しました。とりわけ訳官は使臣に従って外国を行き来し貿易に参加して、大きな富を築くこともありました。

郷吏と胥吏 — 行政の手足

地方の官衙で代々実務を担った郷吏(きょうり)と、中央官庁の下級実務者である胥吏も、中人層に分類されます。守令は任期を終えれば去りましたが、郷吏はその地域に根を下ろし、税の徴収や文書処理といった実際の行政を引き受けたため、地方社会でかなりの影響力をもちました。

差別と身分上昇の努力

中人は専門知識をもちながらも、清要職のような核心的な官職から排除される差別を受けました。これに対し朝鮮後期、とりわけ19世紀には、中人たちが集団で官職進出の壁を低くするよう求める動きが起こりました。開港以後には、外国語と実務に明るい訳官・医官の出身が、近代文物受容の最前線で頭角を現し、新しい時代の主役として浮上することもありました。